日々是口実
−番外編 入院顛末記−


CAUTION: この番外編は連続した出来事を扱っていますので、日にちの古いほうが上になっています。


一日目 二日目 三日目 四日目 五日目 六日目 最終日

その前日(10月26日(火)

そもそもは10月26日火曜日、ホークスとドラゴンズの日本シリーズ第三戦をTV観戦したことからはじまる。もちろんお酒を飲みながらだ。最初は夕食を肴に飲んでいたが、18時からの中継なので20時頃にもう一品くらいつまみが欲しくなった。

酔っているのでコンビニにクルマを走らせるわけにもいかない。母は市主催の書道教室、妹はまだ仕事から帰ってきていない。家捜しをしていると、冷蔵庫のなかから皿に盛られたイカの塩辛が見つかった。これはいい。ちょっと表面が乾きがちなのが気になるが・・・。

イカの塩辛をつまみに飲み、試合のほうも見事ホークスの勝利! いい気分だったが、試合終了直後あたりからなんとなく胃が痛んだ。気にするほどの痛みでもなかったので、日記を書いてアップロードしてTVをだらだらと観て寝る。


一日目(10月27日(水)

朝起きると、昨夜の胃痛がまだ続いている。しかも下痢気味。ちょっと気になったので朝食後に胃薬を服み、布団に横になる。そのままうつらうつら。

・・・ふと眼が覚めたら16時30分。ひえっ! もっともよく眠ったせいか胃痛は収まっている。なぜか妹が「気分が悪くなった」と会社を早退して家にいた。ともかく日本シリーズは18時から。慌ててランニングにいく。

帰ってくると「テーブル(母がダイニングテーブルを衝動買いしたので古いのが不要になった)を届けに大分の友達の家にいきます」と妹の置手紙。母までついていったらしい。くー。

ともかく試合開始まで時間がないので、シャワーを浴びたあと冷蔵庫を物色して手早くレバニラ炒めを作り、TVの電源を入れる。今日は大分では中継がないのだが、実家は愛媛の電波が拾えるのでモノクロで(しかも背番号がダブって見える状態で)では観戦できるのだ。

が。レバニラ炒めを食べつつビールを飲んでいると、胃痛がぶり返してきた。いちおう胃薬を服んだが、痛みは収まるどころかだんだんひどくなる。鈍痛が常時続いていて、波のように定期的に搾られるような激痛がくる。

それでも30分ほどは我慢して試合を観ていたのだが、ついに耐え切れなくなって自室に戻り、布団を被った。眠って痛みを忘れようとしたわけだが、眠れるような痛みは既に通り越していた。激痛の波がくるたびに歯を食いしばり拳を握り締め、

「ぐうーっ・・・」
「ぎいいいーっ・・・」
「うががががーっ・・・」

とケモノのような唸り声を挙げるが、それで痛みがひくわけではない(当たり前)。一時間近くもがき苦しんでいると、ようやく母と妹が帰宅。

「病院に連れてってくれえ・・・」

もちろん通常の診察は終わっている時間だが、この痛みではおそらく眠れまい。ということはここで我慢するなら明日の診察開始時刻まで、約12時間この激痛に耐えねばならない。そうしたら狂う、はっきり自信があった。それほどの痛みだった。

母がかかりつけの個人病院に電話したところ、緊急当番医がC病院なのでそちらに運んでほしいといわれた。C病院は市内一大きな病院だ。医師会の基金で運営されているので半官半民といったところ。急いで支度をし、クルマに乗り込む。

妹の運転するクルマのなかで痛みに耐えていると、不吉な予感が走る。まず、夏に起きた「幼児割り箸誤診死亡事件」を思い出した。当直の医師が眼科の先生とかで誤診されたらどうしよう、などとわけのわからん不安を抱く。

さらに、C病院そのもの。建てられたのは6年ほど前なのだが、できてすぐに父方の祖母が入院した。容態が悪くなったので大分市の国立病院に移ったのだが、間もなく死んだ。

で、父も2年前C病院にお世話になったのだが、最後に遺体となって病院を出た。というわけで、C病院はうちの家系にとってはいわば鬼門なのである(すげえいいかただなしかし)。

・・・ともかく病院到着、緊急病棟にいく。椅子に座らされ、先生に問診をされる。脂汗を滲ませて答えたが、ああっだから今日なに食ったとか下痢してるかとかそういうのはどうでもいいからこの痛みをなんとかしてくれえっ! と切実に思う。

ようやく診察台に寝かされ、看護婦さんに採血とともに痛み止めの注射を射ってもらうと、激痛はすうっとひいた。鈍痛はまだ残っているが、激痛が去るとかなり楽になる。

が、そのあとレントゲン撮影やら採血の検査結果を待ったりしている間に30分ほどが経過し、痛み止めが切れたらしく激痛がぶり返す。ぐううう。ようやく診察室に呼ばれる。

先生「あのね、胃がちょっと腫れてるけど、他はどうもないんだよね」
僕「そ、それより痛み止め射ってください・・・」

今度は筋弛緩剤を射ってもらい、痛みは再度和らぐ。異常が発見できなかったといっても、熱は37度3分あったし痛みに脂汗をだらだら流している(つまりかなり痛いことが客観的に見ても解る)僕に、先生はいった。

「うーん、この際入院する? 入ってもいいよ、別に」
「はあ?」
「いや、このまま帰ってもね、たぶん痛み止め切れるとまた痛くなると思うんだよね。こっちいたほうが安心でしょ? 胃や腸の検査とかちゃんとやっといたほうがいいし」

考えた。本当は入院なんてしたくない。HPの日記も更新してないし、途中までホークスが勝っていたとはいえ日本シリーズは明日も続く。しかしたしかに痛み止めが切れてまたあの痛みが甦ったら・・・、どのみちまたC病院に担ぎ込まれるわけだ。

「わかりました、入院します」

車椅子で病室に連れていかれる。ふたり部屋だが相客がいないので実質個室。病衣に着替えた。着ていたTシャツは脂汗でびしょびしょになっていた。点滴を刺され(8年ぶりの経験)、看護婦さんに体温と血圧を測ってもらう。体温は37度5分に上昇。血圧は・・・。

「なんか血圧高いなあ。緊張してる?」
「そりゃ、あなたみたいな美人が目の前にいるから・・・」

これは病室までついてきた母と妹を安心させる意味もあってのジョークだったが、とりあえず激痛がひいたこと、そして病院にいる限りは痛みがぶり返してもすぐ処置してもらえること、でやっぱり自分も安心していたんだろうと思う。

ともかく血圧を測り直し正常な値が出たので、母と妹は帰り、看護婦さんも去った。今度の注射は効果が長く保ちそうだった。僕は布団を被り、痛みがぶり返さないうちに眠りに落ちた。


二日目(10月28日(木)

目覚めたとき、一瞬自分が何処にいるのかわからなかった。が、すぐに思い出した。意識がはっきりしてくるにつれて胃の鈍痛が知覚され、あの定期的な、搾り込むような激痛が徐々に蘇ってきたからだ。

寝る前の服装のまま運ばれたので腕時計をしている筈もなく、壁にも時計が掛かっていないので、いまがなん時なのかわからない。カーテンは閉められていたが、太陽が昇っているらしいことはわかる。

痛みは昨夜のピーク時よりは楽だったので看護婦さんを呼ぶのも気がひけて、耐える。運良く15分ほどで定期巡回だろうか、看護婦さんがやってきた。体温を測っている間に看護婦さんがもってきてくれた筋弛緩剤を射ってくれ、痛みは引いた。熱、37度3分。

痛みがひいて、また眠る。看護婦さんに起こされ、これから胃カメラを飲みにいくといわれる。ひい。これも8年ぶりなのだが、前回すげえ痛くて苦しかったのをいまだに憶えているのだ。

点滴を引きずって一階の検査室までいく。まずCTスキャンを撮る。で、胃カメラ。どろっとした薬(喉と胃を麻痺させるらしい)を飲み、次にシロップ状の薬(喉を麻痺させるらしい)を少量、うがいの後飲み込むことを二回。最後に肩に筋弛緩剤を注射。

結論からいうと、胃カメラは痛くも苦しくもなかった。薬と注射が相当強力だったんだろうと思う。ただし終わるとアタマがふらふらしてまともに歩けない状態になり、帰りは車椅子に乗せられた。

車椅子で運ばれた病室は、朝とは違っていた。今度は四人部屋で、先客がふたりいる。やはり壁に時計はない。アタマがはっきりしてくるのを待って母に電話するために1Fに降りた。隣のボックスで40歳くらいの男のひとが、

「あのう、黒のネクタイおもちでしたよね、貸していただきたいんですが。ええ、そうなんです、はい。そういうわけで会社を2、3日休むことになると思いますが・・・、ええ」

というような会話を交わしているのが聴こえ、ここはそういう場所なんだ、と実感する。ロビーで煙草を吸う(煙草とライターはしっかりポケットに入れておいた)。20時間ぶりくらいの煙草は、すごくうまかった。これも8年前の入院以来。

午後(昼食の放送があったのでわかった)、5F(最上階)のラウンジに上がる。以前父の見舞いにきた際、ここに書庫があるのを思い出したのだ。ついでにいうと、C病院内で煙草が吸える場所は1F売店前ロビーとここ5Fのラウンジ前しかない。

書庫に向かう。C病院自体は設立6年だが、その前身の医師会病院から移されたものを含めて、ぱっと見1,000冊くらいの本(7割は文庫本だが)がある。本好きにとってはたまらない環境。さあどれから読もうか、と物色していると、

『魁! 男塾』

のコミックスが28巻まで揃っている! こっこれわっと思い、1〜5巻までを手に3F病室に戻る。結局その日のうちに26冊(7巻と27巻が欠けていた)全部読破。28巻で終わりじゃなかったのですごく悔しい。今度漫画喫茶で残りを読もうと思う。

13時半、着替えや腕時計をもってきた母と、F先生(昨夜の当直の先生。結局そのまま主治医になってしまったらしい)三人で会談。

「えーとね、胃カメラとCTスキャンの結果も、やっぱり胃が少し腫れてるくらいなんですよ。あとは内視鏡(これは下の穴から入れる)検査くらいですが、これは土日はやらないので、月曜になります。どうします、それまで入ってますか?」

胃の痛み自体は、小さな鈍痛があるくらいになっていた。HPの更新と日本シリーズ・・・。ちょっと迷ったが、昨日の今日で退院しても腹痛がぶり返せばまたほうぼうに迷惑がかかる。

最悪土曜日(明後日)に退院できれば、日記は3日ぶんで月をまたがずにすむし、日本シリーズ第6戦もTV観戦できる。とりあえず今日明日くらいは不自由な生活を我慢したほうがいいだろう。

書き忘れていたが、病室にも個人個人にTVがある。が、観るには1,000円の専用カードを購入しなければならない。病院に向かう際慌てていたので、財布はもったがなか身が1,800円しかないのを忘れていた。

1,000円使えば残りは800円。これは怖い。C病院近辺にはコンビニやレンタルビデオ屋をはじめ店はいろいろあるが、銀行の支店や郵便局は周囲3kmに存在しない。なので、なるべくお金は使わないことにしようと思っていた。

というわけで、「じゃ、明日まで様子を見させてください」と答える。

15時過ぎ、同じ病室のHさんが胃カメラと内視鏡の検査から戻ってくる。いきなり意識不明で酸素吸入。胃カメラだけであんなに朦朧となるんだから同時に内視鏡までやったら当然だよなあ、と思う。

同時に内視鏡の検査が怖くなった。幸いHさんは三時間後くらいには元気を取り戻した。聞くと「入院してから三日間食事をしていなくて(点滴は打っている)、腹に力が入らんかった」とのこと。

僕も食事を禁止されている。点滴は常時落ちているものの、やっぱり感覚的に腹が減る。胃の痛みはなくなったが、空腹感は夜眠りに落ちるまで、ずっと続いていた。


三日目(10月29日(金)

朝、家に買い溜めしていた煙草と本をもってきてもらうため母に電話しようと1Fに降りた。売店の新聞の見出しが、ちらっと眼に入る。

<福岡ダイエー 日本一!>

へなへなと力が抜けた。ホークスの監督も選手も口々に「優勝は福岡で決めたい」と語っていただけにナゴヤで優勝を決められて(しかも僕は当然のように試合を観ていない)、裏切られたという気持ちが強い(かなり個人的感情だけど、やはり悔しい)。

ベッドに寝て本を読むと腰が痛くなるしすぐ眠ってしまうので、ほとんど5Fのラウンジで椅子に座って本を読んでいた。もちろん本は病院の蔵書。

新田次郎『武田三代』(初)。中学生の頃『八甲田山死の彷徨』を読んで文体が肌に合わないなあと感じたのだが、いま新田さんの本を読むとすごく面白い。やっぱり齢をとったということだろうか。

遠藤周作+北杜夫『狐狸庵VSマンボウ』(初)。ふたりの対談集。遠藤さんが「昔『女は馬鹿だ阿呆だ』と散々書いて、最後に『本当に賢い女性というのはこういう文章を笑って受け流すものである』と結んだら、文句が一通もこなかった」といっていたのには笑った。

で、ずっとラウンジにいたら看護婦さんがやってきて、

「ああ、ここにいらしたんですか。あの、申し訳ないんですが検温と血圧測定をしたいので病室に戻ってもらえませんか?」

病室に戻るとHさん(同室の患者さん)から「捜索願いが出てましたよ」とからかわれた。Hさんは僕が病室でもずっと本を読んでいるので、看護婦さんに「5階にいるんじゃないか」と教えてくれたらしい。すいません。

さて、午後にくるといっていた母が、夜になってもこない。病院の売店には煙草は売っていない。もっていた煙草は朝の一服で終わっていて、禁断症状が出はじめる。

これはおそらく、これを機に僕に煙草を止めさせようという作戦に違いない。思惑に乗ってやろうかとかなり真剣に考えたが、メシは食えないTVも観ない、水分(お茶)は許されているが酒はもちろんコーヒーや紅茶は怖くて飲めない。

これで煙草くらい吸えないと、逆に精神的に悪いと思った。で、どうしたか。僕は20時(面会時間終了及び消灯の1時間前)まで待ち、点滴のポールを引きずって病院を出た。幸い見咎めるひとはいない。

「すいません、ラークの赤ふたつください」

病院前の坂を降りて、約400m。コンビニの店員さんは目を丸くしていた。病衣のまま来店する患者さんはたまにいるだろうが、点滴をひきずって買いものにくる客はさすがに珍しいだろう。というか、C病院はじまって以来ではないか(いや、結構いそうな気もするな)。

病院に戻ってすぐ5Fに昇り、煙草に火を点ける。うまかった。ふと気付くと激しい運動(点滴のポールは結構重いし、帰りは上り坂なので汗だくになった)のせいか、点滴のチューブに赤いものが。血が逆流してしまったのだ。

うわー・・・。と思ったが、以前入院したときにも逆流は経験している。そのときも看護婦さんに「よくあるから気にしないでいいですよ」といわれたことだし・・・。

血の逆流はとどまるところを知らず、零時近くにはついに流量調節の部分にまで達してしまった。さすがに怖くなって定期巡回にきた看護婦さんにいうと処置をしてくれて多少マシになった。


四日目(10月30日(土)

朝、やっぱり血液が逆流しているので巡回にきた看護婦さんにいう。どうやらチューブが詰まっているらしく、それまで左腕にしていた点滴を外して右腕に刺し替える。その後、5Fのラウンジでずっと本を読む。

植村直己『北極圏一万二千キロ』(初)。高校の教科書に一部が載っていたが、全部読むのはもちろんはじめて。極地のありとあらゆる食物が出てきて、ある意味『もの食うひとびと』的。野田知佑さんの本に登場するエディ グルーバンが出てきて嬉しかった。

星新一『おせっかいな神々』(初)。星さんのショートショートはオチが読めることが多々あるが、それが逆に筒井康隆さんと比べると安心して読めるということになるんだと思う。

遠藤周作『古今百馬鹿』。はじめてだと思っていたら二回目だった。中学生の頃遠藤さんのエッセイに凝ったことがあり、そのときに一度読んでいるのを思い出した。

江戸川乱歩『パノラマ島奇談』(初)。短編集。表題作以外は初期の作品で、ひとつモーリス ルブランとトリックが同じものがあって気にかかったが、とりあえず他の作品は面白い。

あ、ルブランで思い出したが、僕は赤川次郎さんの作品を読まない。ひとつだけ読んだ短編集で、こっちはストーリィの流れからラスト(トリック)まで全部ルブランのパクリというのがあって、呆れてしまったからだ。

さて、ラウンジには見舞いにきたらしい親子連れ(若い夫婦ふた組とその子ども三人)が二時間ほど居座っていた。子どもがうるさいわ本棚の本をもちだしては椅子の上に置きっぱなしにするわ、ストレスが溜まる。

注意してやろうかと思った矢先、親のひとりが慌てた顔で戻ってきて、「みんな、急いで降りよう。ほら、○○も○○(子どもの名前)も、早く早く」といって全員階下に降りていった。・・・そういう場所なのだとまた思った。

いき違いに母がやってきた。病室にいないのでたぶんここだと思った、という。大当たり。母は煙草をひと箱だけもってきた。コンビニまで煙草を買いにいったはなしをすると「しょうがないねえ」と溜息をついた。で、声をひそめていう。

「内視鏡検査は月曜日だっけ?」
「うん、できれば明日にでも退院したいんだけど」

母は指を折ってなにかカウントしたあと、さらに声をひそめていった。

「あのね、あんた、月曜日まで入院してなさい」
「は?」
「調べてみたらね、あんたにかけてる生命保険、入院5日以上で一日一万円ずつ保険が降りるのよ。だから『もう退院していい』っていわれても『まだお腹が痛い』とかいって、最低月曜日までは居座りなさい」

・・・ひどい親もあったものだ。しかし考えてみると、最大の懸念だった日本シリーズはすでに終わっている。HPの日記が更新できないくらいだ。最後に健康診断を受けてから二年近いし、この際内視鏡の検査もやっておいたほうがいい。

それに、さすがに病院で酒を飲む気にはなれない。食事は(まだ許可されてないけど)三度三度カロリィと栄養のヴァランスのとれたものが食えるわけだし、運動ができないから筋肉は衰えるだろうが、からだのなかを健康にしておくのもいいのではないか。

ついでに母に着替えをもって帰ってもらうために病室に戻ると、ちょうど先生が回診にやってきた。

「ごめん、内視鏡検査だけど、急患が入って火曜日になっちゃうんだ、いいかな?」
「いいですいいです、いさせてもらえるなら別に」

・・・というわけで、僕の退院は最低でも来週の火曜日までに延びてしまったのだった。先生に病状を訊かれて良好ですと答えると、じゃあ今夜から食事を出しましょうといわれた。やっとメシが食える。

夕食は五分のおかゆ、すりおろしりんご、その他とにかくペースト状のものばかりだったが、二日間ものを入れていない胃袋はすごくおいしいと感じた。

もっとも、さすがに怖くておかゆでさえ最低十回噛んでから胃に落とす、というような食べ方をしたため、量はそれほどでもなかった筈なのだが、食べ過ぎたような感覚を感じた。

夜巡回にやってきたのは、高校の同級生でしかも陸上部で一緒だったSさんだった。よく思うのだが、最近中学や高校時代の同級生に久しぶりに会うと、みんな見違えるように綺麗になっている。Sさんも例外ではない。

彼女には父が入院していたときにもお世話になったのだが、同級生(しかもすごく綺麗になっている)に「お通じはなん回?」「ガスは出ましたか?」などと訊かれるとなんかすごく恥ずかしい。

ついでに右腕に刺し替えた点滴がやはり血液が逆流していたので、そのことをいうと、ちゃっちゃっと処置をしてくれて、チューブ内の赤いものは完全に姿を消した。これは翌日点滴を抜くまで変わらなかった。さすがだと思った。


五日目(10月31日(日)

森村誠一『人間の証明』(初)、読了。これだけたくさんの人間が全部二重三重に繋がっているという点ちょっと疑問だが、それを除けば丁寧な設定、ストーリィの組みかた、なにをとってもいい。

その後、5Fラウンジの書庫の整理(といっても文庫約500冊)。こんなことやっても一文にもならないのだが、僕は同じ本の上巻と下巻がぜんぜん別の棚にあったりするのが我慢できない性質なのだ。それにその本を読もうと思ったひとも、上巻しか見あたらなければ読むのをやめてしまうだろうし。

午前中いっぱいと午後二時間をかけて、全部の文庫本を著者順に並べ替える。おかげで『次郎物語』が5冊全部揃っていることが確認できたし、上下巻がセットにできたものがかなりあった。

ただし、初手から上巻や下巻、もしくはなん冊か組のうち数冊しか存在ないものもかなりあった。別の本のカヴァがかかっていたものもあったし、ダブり(同じ本が二冊ある)も5冊発見。この書庫、整理されたことあるのかなあ・・・?

作業が終わってすっきりしたところで、西村寿行『鷲の巣』(2)を読む。「鷲」シリーズの4作めだが、これが最高傑作じゃないかと思う。設定もストーリィも最高。特にヤクザの伊造親分のキャラがいい。笑える。

ラウンジで本を読んでいると、また看護婦さんがやってきた。

「ああ、やっぱりここだったんですね。日曜日なので体重を量ります」

しかも体重計持参、その場で体重測定。・・・また迷惑をかけてしまった。とりあえず明日からは9時から10時、12時から13時、15時から16時(昼の定期巡回はその三回)の間は病室にいようと思った。

ラウンジにいる気にもなれずに部屋に戻ると、高校時代の同級生Sが見舞いにきてくれた。久しぶりに飲もうと思って電話したら妹に「入院してます」といわれ、やってきたのだという。

「なあ、さっきナースステーションの前通ったけど、この病院看護婦さん多いな」
「うん、普通の病院に比べると多いよな、みんな若いし」
「お前、退院までに合コンの約束してくんない?」

Sも僕と同じく独身だったりする。しかし重症患者ならともかく(だいたい基本的にどこも悪くないのに入院しているということ自体気が咎めている)、僕の看護婦さんとの接触は一日一回の検温と血圧測定のみ。

「うーん、・・・まあ、あんま期待せんといてな」
「いやっ、期待してるぞ! 俺の幸福はお前にかかっている!」

なにしにきたんだあいつ。ともかく、手ぶらではあったが見舞いにきてくれただけでも嬉しかった。

夕食後、やっと点滴が外される。これで消灯後に看護婦さんに見つからないようナースステーションの目の前にあるエレヴェイタを使って5Fに上がる必要がなくなった。

寝るまでに山本周五郎『生きている源八』(初)を読む。短編集。ほとんどの作品を「恋愛小説」と呼んでいいんじゃないかと思う。全編すごく面白い。ほとんどがハッピィエンドなのもいい。


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後で母に「あれ開けてからなん日くらい経ってたの?」と訊くと、「さあ(“さあ”ってなんだよをいっ)。でも私が二日前に食べたときは平気だったよ」といわれました。・・・怖い家ですね。
















































宮下あきら著、少年ジャンプコミックス。全巻通じて女性が数人(しかも最初のほうにちらっと出てくるだけ)という非現代的な漫画ですが、くどくど説明する必要はありません。とにかく一度読んでみてください。

ちなみにこれと『ときめきメモリアル』を合成した『魁メモリアル』という楽しげ(恐ろしげ)なゲームがあります。やってみたいのですが、入手しにくいみたいですね。
















































もと警察庁公安特科隊の「狂気の中郷」と「死神の伊能」コンビが活躍するシリーズ。コンビは『往きてまた還らず』(これも傑作ですが、『鷲の巣』に比べるとユーモラスな場面が少ない)で初登場。