きつねのちょこれーと

『平成トム・ソーヤー』 原田宗典
(1998年2月25日第1刷・講談社文庫)


 高校三年生のノムラノブオは、ある特殊能力をもつ。 それに目をつけた同級生のスウガクは、彼にある計画をもちかける。 ヤクザの親分から、超一流大学の入試問題を奪おうというものだ。

 同じ能力をもつ先輩ちさと婆さんの協力を受け、ノムラ、スウガク、そしてその友達の女の子キクチの三人組は、様々な障害を乗り越えて計画を実行に移してゆくわけだが・・・。

 なんかこう書いてくと面白くもなんともなさそうですが、実は面白い小説です(なんのこっちゃ)。

 原田さんの冒険小説(と呼んでいいと思う)は、『スメル男』もそうですけど、ちょっと導入部分に時間をかけすぎるきらいがあるようです。

 ジェットコースターに例えると、最初の昇り勾配のがったんごっとんがやたら長くて、そのぶん降りにはいるとすごく怖くてスリルがあって、“うわー!”とかいってる間に「あれ、もう終わり?」というか。

 だから、最初からハラハラドキドキしたいひとには、ちょっと向いてないかもしれませんね。 ただ、ジェットコースターが停まる瞬間(つまり、ラストですね)がとてもいいので、ちょっと我慢してでも読み進めるのをお薦めします。

 さて、そのちょっと退屈な前半部分で僕の興味をつないでくれたのが、キクチという女の子です。 この子はいろいろな部分をもっていてちょっととらえどころのないキャラクターですが、魅力的なのは事実。

 原田さんはさすがにコピーライター出身だけあって、随所に「うまいなあ」と感じる表現が出てきます。 僕が『平成トム・ソーヤー』でいちばん気に入ったのは、こんな場面です。 主人公はキクチとえっちをしちゃうんですが、そのとき彼はこう述懐します。

> どういうわけかぼくは子供の頃に読んだ
> 『きつねのちょこれーと』という童話を思い出した。
> (中略)チョコレートではなくて、ちょこれーと。
> 平仮名で記されていたことがいつまでも心に残った。
> それは特別な味のする、金では買えないちょこれーとなのだと
> 子供心に感じた。
>  ぼくの体の下にあるキクチの体は、まさにそのちょこれーとだ。

 ね、なんかいいでしょ? 村上春樹さんの『ノルウエイの森』に、女の子に「私のこと、どれくらい好き?」と聞かれて、「春の小熊くらい好きだよ」と答えるシーンがあります。

『ノルウエイの森』が発売された当時、そーゆー会話を交わすおばかな恋人たちが多々いたということですが、もし今後僕が同様な場面に立ち会うことになったら、
「“きつねのちょこれーと”くらい好きだよ」
と答えるだろうなあ。

 あ、なんかぜんぜん紹介になってないですね。 まあ、僕にとってはとてもおもしろい小説だったので、機会があったら読んでみてください。

 最後に、ちょっとカミングアウト。 小説を読んでるとき、よく登場人物に実在の人物のイメージを重ねて読んだりしますよね。

 『平成トム・ソーヤー』を読んでいる間ずっと、キクチはセリフを僕の頭のなかでしゃべってくれてたんです。 で、その声はですね、菊池志穂さんのものだったんですよね・・・。

 ちなみに頭のなかで描いていたキクチのイメージは、完璧に“館林見晴”でした。 これって精神状態がよくないってことですかねえ・・・。


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声優さんです。 『ときめきメモリアル』の館林見晴や『トゥルー・ラブ・ストーリー』の桂木綾音の役が有名 (っていうか、それしか知らない。 志穂さんファンのかた、ごめんなさい)。