作家のキャラクター

『禁欲のススメ』 姫野カオルコ
(平成五年十月二十五日 初版発行・角川文庫)


 西原理恵子さんの『怒濤の虫』に、こんなエッセイ四コマ漫画が掲載されている。いや実は計14コマなんで、四コマ風といったほうがいいのかもしれないが。

1.ある日サイバラ、シャンプーが切れたので石鹸で髪を洗う。
2.翌日、アタマが大爆発状態。
3.はっとするサイバラ。
4.「あそこはいつも石鹸。だからいつも爆発!?」

5.“ウルトラマイルドサラサラシャンプー”で
某部分を洗うサイバラ。
6.“ウルトラマイルドサラサラリンス”を某部分に塗るサイバラ。
7.ひと月後。道端で知り合いの銀玉親方に出会う。

8.銀玉親方「サイバラさんの髪ってサラサラで綺麗だね」
9.サイバラ(さも嬉しそうに)
「かみのけ、だけじゃ、なーい♪」

 どういうわけだか『禁欲のススメ』を読んでいるうち、僕のアタマのなかでは「かみのけ、だけじゃ、なーい♪」というサイバラさんのうたがエンドレスで流れはじめていた。

『バカさゆえ・・・』を読んだときもそうだったが、姫野さんの文章は「コノヒトハイッタイドウイウヒトナノダロウ」と思わせる。

 あまりに生真面目な偏執性格的文章から察するにホントに変なひとなのかなあとも思うし、いやいやときどき妙にクールじゃん実はこれみんなポーズなんだよ後でひっかかったひっかかったやーいやーいって笑うつもりだぜ、とかも思う。たとえば。

> 何を隠そう何も隠しはしない。
> 私の憧れの男性こそオール巨人なのだ。
> オール巨人・・・。ああ、すてきだ。
> あんなにハンサムな男性は日本には他には
> 岡田真澄か田宮二郎か赤木圭一郎かしかいない。

 いや別にオール巨人がいい男じゃないといいたいわけではない。しかし・・・、しかしだなあ。なぜオール巨人が岡田真澄や田宮二郎や赤木圭一郎と同列なんだ。しかも姫野さんにいわせれば吉田栄作は「カッコ悪」くて緒方直人は「ぐにゃぐにゃした骨抜き野郎」。いったいその価値判断の基準はどこにあるんだうー。

“笑わせるために書いたエッセイ”だというのなら解る。だがしかし、姫野さんの文章からはオール巨人への真摯な愛情がひしひしと伝わってくる。なにせ彼女はまだ見ぬ恋人とのデートをオール巨人でシミュレイション(つまり想像)してしまうほどに、彼のことを愛してやまないのだ。

> 「いまの若いもんは忍耐力がないといわれるけど、
> なかなかどうして」
>  私は目頭が熱くなった。

 これはとあるゴルフ番組を観た際の姫野さんの感想。彼女は若いタレントが「ダサいの極致をいくファッションの服」(つまりゴルフウェア)を無理矢理強制的に着せられて耐えている、と涙する。そこには虚偽の欠片も感じられない。

・・・いったいどっからどこまで本気やねん。読んでいるうちに朦朧としてくる。姫野さんなら本気でこう考えてるのかもしれん、いやしかしそこまでエクセントリックな思考をする人間があるか?

 解説で大槻ケンヂさんが、いみじくもこう書いている。

> つまり姫野さんは自分のキャラクターを、
> つくっているのかいないのか?
> 僕は姫野カオルコさんの、そこが一番気になるのだ。

 これでちょっと安心した。なんせ天下のオーケンにも解らんのだ。もろ中産階級で一般ピープルそのうえ一介の失業者風情の俺になんぞ解る筈がないではないか。

 姫野さんの文体は特殊だ。たとえば笑えるエッセイを書くひととして、僕は他に群ようこさんや原田宗典さんを知っている。が、群さんには“上品さ”、原田さんには“開き直り”がある。いいかたは悪いが、そこには一種の作為性が感じられる。

 ところが姫野さんにはそれがない。自分のキャラクターをつくっているのかいないのか? 逆にいえば、このエッセイ集が「笑わせる」ことを目的として書かれているのかさえ怪しい。本人にとっては単に自分の考えを正直に述べているだけなのかもしれないじゃないか。

 というわけで、僕のアタマにはまた冒頭の「かみのけ、だけじゃ、なーい♪」が流れはじめる。そう、この感覚はまさにサイバラ。ウルトラマイルドサラサラシャンプーとリンスで一ヶ月。そんな馬鹿なことを、いやいやサイバラならやるかもしれないぞ。

 そう思わせてしまうキャラクター“づくり”に、結局のところ姫野さんと西原さんはまんまと成功してしまっている。それはやはり彼女たちの才能なんであって、僕はそれがちょっと羨ましかったりもする。


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一九九三年八月一○日第一刷、毎日新聞社。

自称“業界一絵の下手な漫画家”西原理恵子さんの、初のエッセイ集。・・・ってなん年前のはなしだ。ちなみに紹介した漫画のストーリィ(流れ)や台詞は、内容の都合上ちょっと変えています。