←本当はこのあと「ただし翌日の副作用(頭痛及び喉の痛み)とトラブルに注意」と続く筈だったんですけど。しかし“特技”って難しいですよね。皆さんには人に威張れる特技って、なにかありますか?



 こういう状況(注:1999年2月、僕は東京の会社を退職してUターンし、大分県で仕事を捜していた)なので、最近履歴書を書く機会が多い。

 ところで、僕は履歴書を書くのが得意ではない。いやちょっと待て、「特技は?」「履歴書を書くことです」。それもなんか怖いというか悲惨な気がするぞ。もしこれが大学卒業してすでに一年になろうとしてる女の子だったりしたら、それだけで、

「ううっ。君も若いのにこの不景気で苦労してるんだねえ。よし採用しましょうしないでおれるものかいやない(反語)。明日から出社できますね?」

 なんて思わず口走ってしまう人事担当者がひとりやふたり出てきてもおかしくないくらいインパクトがあると思う。・・・もとい。

 とにかく僕は履歴書を書くのが苦手だ。もちろん理由はある。最大の理由は、字が下手なことだ。なにせ僕は手紙を書くときは必ず欧米人方式(書面はすべてワープロで打ち、最後に自筆の署名だけする)。今年の年賀状ではついに宛名にまでMS明朝を使ってしまった。

 以前勤めていた会社で、ファックス送付文書までパソコンでプリントアウトしていたため、社長にこっぴどく怒られたことがある。「お前の字は俺ほど汚くないだろ!」いや、そうかもしれない。たしかにそうかもしれない。しかし相手が悪い。

 僕には妹がふたりいるが、ふたりとも書道の三段とか四段とか、そういうのをもっている。中学高校の頃はコンクールがあるたんびに家のなかに二枚ずつ賞状が増えていた。対して兄はというと、小学校二年まで母方の祖父に“書き方”を習った程度。

 で、大学の頃母に「うちにきた手紙であんたのものは差出人を見なくてもすぐわかる。字が汚いから」といわれ、それがトラウマとなっていまだにアタマの片隅にこびりついているのだ。

 たいていの履歴書の見本には、注意書きとしてこんな文章がくっついている。「字はくずさず、きれいに丁寧に、読みやすく書きましょう」。

 ふざけんなあああっ。いったい俺が“きれいに丁寧に”字を書くためにどれだけのストレスを胸に溜めながら努力してるかわかってゆってんのかああ! 思わずそう叫びたくなる。そしてまず最初の関門がくる。

 なぜ出身小学校と中学校の名前を書かなければならない? 義務教育なんだからどこ出てたって同じじゃないか。慶應幼稚舎とかならちっとは箔がつくのかもしれないが。当時の同級生や担任に身辺調査をするために・・・。まさか。

 こっちは一行書くにも身を削る想いだというのに、どう考えても無駄(のような気がする)な二行を間違えずに、しかも“きれいに丁寧に”書かなければならない。そして、ふうっなんとか書き上げたぜと気を抜いた瞬間、次の試練がやってくる。

 ・・・また“高等学校”を“高校”と書いてしまった・・・。

 はっきりいって、いままでこの間違いで反故にされた履歴書の数は半端ではない。甲子園大会の常連出場校ならともかく、“高等学校”なんて正式名称を我々一般庶民が使うのは履歴書を書くときくらいだろう。

 さらに大学。入学まではいい。ところが僕は五年半も在籍していたうえ、その間に昭和天皇が崩御してしまわれたので、いつも一瞬卒業年度の計算ができなくなる。なんで西暦で書いちゃいけないんだよおお、とつい悔し涙が出そうになる。

 そして職歴。大学卒業から最初の就職、その会社の退職から再就職までがそれぞれ微妙に時間が空いているので、これまた記憶と計算との闘い。たまに在職期間を前後取り違えたりする。

 そうした血の滲むような(をい;)苦労の末に、なんとか左半分を書き終える。だが右側に入ってまた難問がもちあがる。「免許・資格」。

 僕がもっている免許資格なんぞ、高校三年のときに取った英検二級と、普通自動車一種免許くらいしかない。しかしこれではあまりに寂しい、まだ五行も残っているではないか。仕方ない、合気道二段も書いておこう。・・・しかしこんなの資格になるのか?

 そして最後の難関が待っている。「特技」の欄だ。『戒厳令下のチンチロリン』に「特技に“麻雀”と書いたおかげで採用された」というエピソードが載っているが、僕は麻雀は打てても特技とまでいっていいほどの腕ではない。

 そもそも“特技”とはいったいなんなのだろう。カラオケでブルーハーツをマイクなしでうたえるのは特技か。ひと晩でウイスキィをボトル一本空けられるのは特技か。『バイオハザード2』のすべてのシナリオを二時間半以内でクリアできるのは特技か。

 こんなこと書いたらそれだけで落とされそうな気がする。しかし「英会話」と書くほど英語に堪能なわけでもないし、「パソコン」にしたって完璧なブラインドタッチができるわけじゃない。悩む。いったいなにを書けば・・・。

 『アエラ』2/8号に「履歴書に平気でウソ書く人たち」という特集があって、

「特技に触ったこともない“ワープロ”と書いて採用されたのはいいが、新入社員研修でワープロを使わされたらと不安で、指に包帯を巻いて研修に参加した」

「特技の欄に、大学で単位を取っただけで一歳児程度の読解力しかない“フランス語”と書いたため、面接でその点を突っ込まれて聞かれるのが怖かった」

「合コンに出席しただけでほとんど幽霊部員だったサークルの“副代表”とか“幹事”とか、とにかく実効力はないけどエラそうな役職に就いてたことにする」

 などというひとたちが紹介されていて、びっくりした。勇気あるなあ、と感心してしまう。いちおう書いておくと、履歴書や面接で虚偽の申告をしてあとでバレた場合、企業はそれを理由に本人を解雇することができる。

 堀部安兵衛の養父弥兵衛は中年まで浪人だった。赤穂藩の佑筆(ひらたくいうと字の下手な主君にワープロ代わりとして勤める役)の募集に応募し、晴れて採用。さて数日後、上役が仕事をもってやってくる。

「堀部殿堀部殿。それでは早速この文書を清書してもらえるかの」
「実はそれがし、字が書けませぬ」
「なんと。そなた佑筆として召し抱えられたのではござらぬか」

「はい。浪人の身では生活も苦しい。幾度か自害しようと考えたこともございましたが、それで死んでは浪人のまま。いまなら浅野家家臣、さむらいとして死ぬことができまする。さあ早う殿にこのこと伝え、それがしに切腹申しつけらるるよう申し上げられよ」

 これを聞いた殿様(たしか長矩の親父)、「こりゃあ面白いわっはっは。見事騙されたわしらも阿呆であったしその者の心掛けも立派。許してつかわす。今後も励めい」。

 はっきりって僕には、就職できれば腹切ってもいいなんて考えは毛頭ない(あたり前か)。どうせ自裁するなら失業者のままで死んだほうが「政府の無為無策ぶりへのレジスタンス」なんて捉えられていいんじゃないかなあ、なんてアブないことをふっと考えたりもする。

 というわけで僕はまた履歴書を書く。一枚書き上げるのに三枚を反故にし、相変わらず「特技」の欄になにを書こうかと悩みながら。


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『戒厳令下のチンチロリン』、藤代三郎、平成四年七月十日 初版発行、角川文庫。

なお、蛇足ですが、藤代三郎とは同時に群一郎であり北上次郎であり車道郎であるところの、つまり目黒孝二さんのことです。

追記:後で『戒厳令下のチンチロリン』を読み返してみたところ、

> 履歴書の愛読書欄に「週刊馬」と記入し、
> それが上層部の目にとまって採用された。

でした。ただ、この登場人物は麻雀もものすごく好きです。で、僕はサイレンススズカの事故以来、馬券を買うことをやめてしまったので、まあ同じことだと思って文章自体は直していません。・・・いいのか?














































すみません、捜したんですけどどうしてもこのエピソードのソースである海音寺潮五郎さんか柴田錬三郎さんの本が見つかりません。なので、もしかしたら親子の名前を取り違えてる可能性もありますし、赤穂浪士のなかでもぜんぜん別のひとだったかもしれません。ご了承ください(できるか!)。

追記:柴田錬三郎さんの『裏返し忠臣蔵』(1985年12月25日第1刷、文春文庫)では、既に浅野長矩に仕えていた弥兵衛が殿様にアピールするためにこうした、となっています。

うーん、浪人時代の弥兵衛がこうやって浅野家に召抱えられたはなし、どこで読んだんだっけ・・・。