当時のことを思うと、いまはすごくお金持ちだという気がしてくる。
なんであんなにお金がなかったのか、不思議なくらいだ。
あ、パチンコのせい?



 この間、大学時代のクラスの飲み会があった。

 もともと、最近電子メールのおかげで急速に連絡網が発達し、 じゃあそのうち会を開こうか、というはなしになっていた。 それが、この一月一日にS大学社会学科の重鎮、 安斎伸先生がお亡くなりになり、 急遽先生のいきつけのお店で“追悼”飲み会をしよう、 という企画が出されたわけだ。

 はっきりいって仕事は忙しいし、 疲れが溜まってるせいか酔うのがめちゃくちゃはやいし、 どうしようかと思ったが、最近の僕はこういう人間関係はなるべく大切にしようと考えている。 なので、一時間遅れでともかく出席することにした。

 指定された店に入ると、奥のほうにいたM(幹事)が、

「おー、・・・(僕の本名)じゃねえか! こっちこっち」

 と手を振る。 見ると、よくもこんなに集まったもんだというくらい (最終出席者は十七人だった) の人数が輪になっている。

 で、Iがインドで強盗にあったはなしやら、 最近はなにをやってるんだとかやってるうちに、 突然Mがこんなことをいう。

「そういえばお前、ぜんざいのこと憶えてるか?」

 ああ・・・。一瞬、僕は十九歳の大学一年生に戻った。

   ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 大学一年の頃、僕はぜんぜん金がなかった。 仕送りが月五千円、奨学金が四万五千円、合わせて五万円。 これは家賃と光熱費、大学までの定期代でまるまる消えてしまう (むしろ足りないくらいだった)。

 実家からお米と缶詰類なんかは送ってもらってたから食費はあまりかからなかったが、 遊ぶ金(服やクラブの部費、合宿費なんかも含む)は自分で稼ぐしかなかった。 いきおい、バイトに追われた。

 正月。 その頃すでに、僕は授業にほとんど出なくなっていた。 金はないし、年末年始はバイトしてたファミリーレストランの時給が上がるので、 帰省もせずに部屋でぼんやりしていた。

 電話が鳴った。

「よお、Mだけど。帰省してなかったのか。いまヒマか?」
「ああ、きょうはバイトもないし」
「じゃあ、これからお前んちいくから。三鷹だったよな」

 約二時間後。 近くのバス停までMを迎えにいった僕は驚いた。 Mは両手にスーパーのでかい袋を提げている。

「なんだよ、これ」
「実はな、うちのおふくろにお前のことはなしたんだよ。 すげえ貧乏で、金がなくて帰省もできない奴がいるって。 そしたら、せめてお正月の気分を味あわせてあげなさいって、持たせてくれたんだ」

 貧乏ってのはちょっと、余計なような気もするが・・・。 スーパーの袋のなか身は、ひとつは小豆と砂糖、 もうひとつはおもちだった。 Mは僕の部屋に着くなり台所に入って、ぜんざいを作りはじめた。

「俺はぜんざいを作りにきたんだから、お前はTVでも観てろよ」

 おことばに甘えて空腹のまま正月のつまらないTV番組を観ていた僕は、 そのうちいい香りがしてくるのに気付いた。

「お待たせ。じゃあ、食べようぜ」

 Mが運んできたどんぶりには、焼いたおもちが入ったぜんざいが、 なみなみとつがれていた。 僕らは炬燵に入って、TVを観ながらぜんざいを食った。

 いま思うと、ぜんざいをあれほどおいしいと思ったことはなかったという気がする。 Mの持ってきたおもちと砂糖の余り (そういえば、Mは紅茶のティーパックも大量に持ってきていた)は、 その後僕の貴重な食糧となったことはいうまでもない。

   ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

「俺さ、お前からメールきたとき、 ホント嬉しかったんだよ」

 酔っぱらって顔を赤くしながらいうMを観て、 僕は久しぶりに、 「友達って、いいもんだなあ」と感じた。 いい時間を過ごしたな、出席してよかった。と、いまでは思っている。


ご意見・ご感想はこちらへ

 


























当然のことですが、密に連絡をとりあっていない限り、 引っ越してしまったりすると、所在がわからなくなります (僕なんか実家まで引っ越しちゃいましたし)。

ところが本人が引っ越しても、電子メールのアドレスは変わらないんですよね。 それにみんな忙しい身ですから、電話では連絡がとれないこともしばしば。 メールなら、ちゃんとメールチェックをかけてさえいれば連絡がつきます。

また、あちこちにある同窓会ホームページもかなり役立ちました。
僕なんか『この指とまれ』でMの名前を見つけてメールを送らなければ、 この会に参加できなかったでしょう。 なんせ大分に帰って家業を継いだことになってたらしいし・・・。




































まさに“重鎮”と呼んでいいかただったと思う。 僕のようなデキの悪い学生もちゃんと名前を憶えてくださり、 心配してくださった。 心からご冥福をお祈りします。




































前述、『この指とまれ』でMの名前を見つけ、メールを送ったこと。 それまでは完璧に行方不明者のひとりにされていたらしいです。