東京はアンケート調査の難しい街だ。
僕なんか通行人に声をかけた途端に
逃げられてしまう。
だから東京で社会学にいちばん向いて
いるのはかわいいぢょしだいせえなん
だよね、実は。


 僕はいちおう、某大学の文学部社会学科を卒業しています。 いまはむかし、たしか齢下の女の子にだったと思いますが、
「社会学って、どういうことをやるんですか?」
 と訊かれ、
「アンケート調査のやり方を勉強するだけ」
 と答えたことがあります。

 いまでも、この答えはそれほど間違ってはいないだろうと思っています。 まあ、もう少し詳しくいうなら、
<ある現象を研究するために、そのデータを集め、解析する学問>
 というところでしょうか。

 他の大学ではどうなのかわかりませんが、僕の在籍していた大学の社会学科では、
「調査をする前に結論を出すことをするな」
 ということを耳にタコができるほど繰り返していわれました。

“調査より前に結論を出す”ってどういうこと? だいたい、そんなことができるの?

 ひとつ、ものすごく単純な例をつくってみましょう。 ある雑誌で『最近の若者の動向について』という調査を行ったとします。 これだけでは漠然としすぎているので、『最近の若者は、クリスマスイヴをどう過ごすか』ということにしますか。

 まずひっかかるのは、“若者”の定義ということですね。 下はなん歳から上はなん歳までが、“若者”なのか。 また、男性と女性とでは、過ごし方も若干変わってくるでしょう。

 では、 『二十歳から二十四歳までの女性は、今年のクリスマスイヴをどう過ごす予定でいるか』 という調査にしますか。 これなら文句ないだろ。

 しかし、たとえば東京都世田谷区に住んでいるひとと北海道旭川市に住んでいるひととでは、 同じ二十三歳の女性でも、選択肢の幅がまるっきり違ってくるに決まっています。

 旭川市に住んでいる女性はおそらく泊まりがけでなければ東京ディズニーランドにゆくことはできませんし、 世田谷区に住んでいる女性はよほどの幸運か金力に恵まれなければ、彼氏とかまくらをつくってそのなかでふたりで夜を過ごす、というような真似はできません。

 よく週刊誌なんかに、このようなアンケート調査の報告が載っていますね。 たいていの場合、
<○○総合研究所では都内に住む二十歳から二十四歳までの独身女性三千人を対象に、 『今年のクリスマス・イヴをどう過ごすか』 というアンケート調査を行った>
 と、こんなような書き出しになっているはずです。

 このような調査の結果を読むのが好きなひとなら、そのあとに、
<方法は無作為抽出による電話アンケートによる>
 というような一文がおまけのようにくっついていることが多いのを、ご記憶かもしれません。 実は、このおまけには深い意味があります。

 ちょっとはなしが逸れますが・・・・。 たとえば、むちゃくちゃに極端なはなしですが、この調査が “イヴの日当日、午後三時から五時まで、赤坂プリンスホテルのロビー” において行われたとすれば、 「ホテルで過ごす」 という回答の割合が非常に高くなるであろうことは、わかりきっていますね。

 しかし、もし調査をする側がはじめから “最近の若い女性はイヴを高級ホテルで過ごす傾向にある” という結論を導き出したいのだとしたら・・・。 実施する場所をニューオータニだとかオークラだとかのロビーにも拡げて、ただなん千人ものデータを集めればいいわけです。 結果は思ったように出てきてくれる。

 はなしを戻して・・・。 だから、一般的な調査でありながらその対象が特別なひと (地域、年齢、職業、年収など) に限られる場合はそれを銘記する。 そのような調査なんですよ、とあらかじめ断っておくわけですね。

 たとえばある百貨店が『バレンタインデイについて』という調査を “銀座○○デパート本店一階の特設チョコレート売場にいた七百三十八名の女性を対象に” 行ったとしたら、ちゃんとそれを書いておく。

 チョコレートを自宅の近所のスーパーで買うひともいるでしょうし、 職場や学校の近くのコンビニで買うひともいるでしょう。 特別な彼氏のために、通販や個人輸入で珍しいチョコレートを手に入れるひともいるかもしれない。 このようなひとびとの行動や意識は、この調査の数字には反映されてこないわけです。

 だから、まず、断っておく。 調査の対象は、 “なん月なん日、銀座○○デパート本店一階の特設チョコレート売場にいた七百三十八名の女性” だけなんですよ、と。 この記述をつけ加えておくことによってはじめて、調査の結果を公正にひとの目に触れさせることができるわけです。

 アンケート調査というものは、決して万能ではありません。 たしかに回答者がひとりより百人、百人よりも千人、一万人であれば、その結果がよりリアルなものに近づくことは間違いないでしょう。

 しかし、国勢調査のように一億三千万人を対象に行う大がかりな調査ですら、住民票を持たないひとびとに対しては無力なのです。 彼らは間違いなく、日本という国のどこかの町で暮らしているというのに。

 まあ、結局、人間の意識というものはただそれだけのことでしかありません。 だから、たとえばもしいま、あなたが十七歳の女の子で、処女だったとして・・・。 ある雑誌に “十七歳の女の子の非処女率は99%” なんていう調査結果が載っていたとしても、自分がコンプリート マイノリティだなんて思って恥じる必要など、まるっきりないんです。

 調査の結果は、結果。 むしろ、それをただの活字(文字情報)としてさらっと読み流すことのほうが、より自然な行動なのではないでしょうか。

 ・・・・とくどくど述べてきましたが、実はこれは自分が “今年のイヴもひとり” のいいわけをゆってるだけなのかもしれない。


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